小津監督なら、こんな感じのジャズが好きだっただろうな…という妄想

2016年8月26日(金)、サイトウ・メモリアンサンブルがジャズ演奏にチャレンジします。
コンサートのサブタイトルは「小津監督なら、こんな感じのジャズが好きだっただろうな…という妄想」です。
曲目は、ジャズ、ボサノヴァ、タンゴ、クラシック、オリジナル、それに小津映画音楽まで、ジャンルは多岐にわたり、キーボード増井咲さんのアレンジが光ります。

シャンソンやタンゴ、ポルカや欧米の映画音楽などがお好きだった小津監督ですが、ジャズに関してはどうだったのでしょうか?
小津映画の中に、ジャズが用いられたことはたった一度だけありました。

『小早川家の秋』の冒頭、森繁久彌と加東大介が会話するシーンのバックにジャズが流れています。
この曲は、音楽を担当した黛敏郎さんのオリジナル「リラの夜」という、ピアノトリオによるメインストリームジャズです。
黛敏郎さんは、当時クラシック音楽と並行してジャズピアニストとしても活動しており、モダンジャズの影響を強く受けていたそうです。

250px-Yasujiro_Ozu_cropped実は小津監督自身、ジャズの愛好家でもあったことが判明しています。
小津監督は、欧米の流行歌などのSPレコードを所蔵していましたが、その中には1920年代から30年代頃のジャズも数多く含まれていたのです。

監督が20歳代から30歳代頃の作品が中心で、当時流行したジャズにも関心が高かったということでしょう。
コレクションには、日本で初めてヒットしたジャズソング「私の青空(My blue heaven)」ジェシー・クロフォード(1927年)も含まれていました。
ダンディでお洒落な若者だった小津監督らしく、音楽も常に最先端のものを追求していたことがわかります。

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