バンドのためのインテルメッツォ「夢現」|カセットテープデジタル復元

父が視覚に異常を感じ始めたのは、警視庁音楽隊長を務めていた56歳の頃でした。軽い頭痛と目眩を感じるようになり、視野が狭くなったような気がしましたが、あまり気にせずしばらく放置していました。しかし、数日たっても改善しないので、眼科で目の診察を受けましたが、医師からはすぐに脳外科を受診するように勧められたのです。

脳外科で頭部のCTスキャンを撮り、脳下垂体にクルミ大の腫瘍ができていることが判明しました。腫瘍が視神経を圧迫しているため、視野が狭くなる視覚障害が出ているとのことでした。今後、腫瘍がさらに肥大化する恐れがあるので、開頭して腫瘍を除去する手術を受けるように勧められました。

今考えると、この医師の判断が果して適切だったのか疑問な点はありますが、父は開頭(頭蓋骨の上部を切り取る)して腫瘍を摘出するという、極めて危険な手術を行うことになったのです。父がエッセイの中で書いている白昼夢は、全身麻酔によって脳が眠りに入る直前と、手術が終って脳が麻酔から醒め始める頃に生じた脳内の幻覚ではないかと思います。

髪の毛を剃り落とした父の頭部には、マジックで切開する箇所などが細かく書き込まれており、ストレッチャーに乗せられた不安そうな父を家族全員で見送りました。父はこれから一体どうなってしまうのか、何とも言い知れない不安と恐怖を感じたことは今も忘れられません。

以下に、カセットテープからデジタル復元した「夢現」の音源、そして父が書いたエッセイ「夢現」を掲載します。父から直接聞いた話を元に、若干ですがオリジナル文に修正を加えています。

「夢現」 斎藤高順

あなたは白昼夢を見たことがありますか。私が今年(1982年)の1月に体験したことが果たしてそうなのか、自信が持てないのですが、大層奇妙な経験を数日にわたってしたのです。

普通、夢は一人で見るものですが、私の場合はその場に居合わせた人に情況を説明したり、受け答えたり、行なったことをお互いにはっきりと記憶しているのです。自分も相手も一緒に覚えている夢があるでしょうか。もちろん、実際に不思議な体験を味わったのは私だけなのですが。

さて、それはどんなことかと言いますと、急に暗い部屋に入ったり、辺りが暗くなったりすると、突然様々な色彩の得体の知れないものがうごめいたりするのです。これだけでは麻薬患者の話の様ですが、実は私の脳には腫瘍ができ、8時間に及ぶ大手術の結果、一命をとりとめ、経過も大変良いのです。

先の話は手術前で、手術後はもっと不思議な体験をしました。全部は記しきれませんが、例えば病院の個室に車輪がついて突然走り出します。個室は自分と看護婦さんを乗せたまま、猛スピードで地下鉄のレールの上を走り、いきなり地上へ飛び出すと、今度は遊園地の中を走り回ったり、日本武道館の大ホールを走り抜け、靖国神社の納骨堂まで行ったりするのです。

当人は現実かと思うので、看護婦さんに何故こんなことをするのか質問するのですが、直ちに否定されてしまい納得できないのです。ある時は、実際には居ない知人の話し声が廊下から聞こえたので、部屋へ呼び寄せる様に頼んだり、急な仕事のためにヘリコプターが病院まで来る約束になっていると思い込み、妻にことわりの電話をする様に頼んだりしたのです。今では全くの笑い話ですが、その時は本気だったのです。しかも、今でもはっきり記憶しているのが不思議です。

その時のことも、いつかは忘却の彼方に消えてしまうでしょう。まだ記憶にあるうちに、何か残したいと思って作曲したのがこの曲です。もし私が画家だったらキャンバスに残したでしょうし、文筆家だったら名文にしたいところです。私はあのときの不思議な体験を曲として残すことにしました。曲は体験をそのまま描写したものではなく、そのときの奇妙な気分を音楽にしたものです。演奏も自由に、聴く人の解釈も自由にはばたかせてください。

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