「サイトウ・メモリアルアンサンブル」の編成はトリオが基本形です。担当楽器は、ピアノ、ヴァイオリン、チェロになります。これは、サイレント映画が全盛の頃、伴奏を受け持った楽士たちの多くが採用した伝統的な編成です。
このトリオ編成の楽士たちは、映像に合わせて様々なジャンルの音楽を演奏しました。松竹大船撮影所で松竹管弦楽団の指揮者を務めた吉澤博は、若い頃サイレント映画の楽士として、ヴァイオリン演奏を担当したことがあったそうです。
吉澤の証言によると、サイレント映画の伴奏ではしばしばマーチを選んで演奏したとのことです。また、政治学者で音楽評論家でもある片山杜秀氏が著書の中で述べていた、「サイレント映画にはマーチやポルカがよく演奏されていた。」との言説とも一致します。
なぜマーチやポルカだったのかと言うと、楽士には軍楽隊出身者が多かったためだそうです。戦意高揚のためマーチやポルカを演奏し、兵士の士気を高めることが狙いでした。また、軍楽隊は元々音楽的素養のある者だけを選抜し、一定期間集中的に楽器演奏の修練を積むため、非常に演奏技術が優れていたのです。
小津安二郎監督は、「軍艦マーチ」や「ビヤ樽ポルカ」が大変お好きでした。斎藤高順は、小津監督の音楽的志向を追求していく中で、マーチやポルカ風の明るい楽曲へと行き着いたのではないでしょうか。もしかすると、小津監督が求めていた「お天気のいい音楽」とは、かつてサイレント映画の伴奏を受け持った、軍楽隊出身の楽士たちによるマーチやポルカのことを指していたのかも知れません。
「サイトウ・メモリアルアンサンブル」は、軍楽隊出身者だった斎藤高順の作曲による「お天気のいい音楽」を、サイレント映画伴奏の伝統的なトリオ編成で再現します。さらに、小津監督が好んだホルンとアコーディオンの音色も採り入れ、曲目に応じてトリオ、カルテット、クインテット編成による演奏を行います。
「サイトウ・メモリアルアンサンブル」の演奏こそ、小津監督がご存命だったならば最も聴きたかった編成、そしてサウンドではなかったかと思います。現在、「サイトウ・メモリアルアンサンブル」の編成は、チェロ、ヴァイオリン、ピアノ、アコーディオン、ホルンの5人編成に落ち着きました。斎藤家には、他にコントラバス奏者、オーボエ奏者、クラリネット奏者、ビオラ奏者もおりますので、適宜編成を変えて演奏することも可能です。