小津監督とシャンソン
小津監督は、欧米の音楽に造詣が深く、フランスやスペイン、チェコ等の流行歌のレコード蒐集家でもありました。シャンソンやマーチ、ポルカ等を好んだ小津監督は、斎藤高順にヨーロッパの雰囲気を感じさせる音楽をリクエストし、具体的には「サ・セ・パリ」や「ヴァレンシア」、「ビア樽ポルカ」のような楽曲を希望しました。
また、小津監督は若い頃から宝塚歌劇団が大変お好きだったそうです。小津組の宴会では、アコーディオン奏者の村上茂子さんを伴い、宝塚歌劇団の愛唱歌「モン・パリ」や「すみれの花咲く頃」等のアコーディオン演奏をさせて、気分が乗ってくるとご自分も歌い出したとのことです。
舞台演出を手掛けてみたいと仰っていたほど、宝塚がお好きだった小津監督は、歌劇団の団員とも交流があり、中でも寿美花代さんを贔屓にしていました。「秋刀魚の味のポルカ」に歌詞を付けて、宝塚の寿美花代さんに歌わせてみたいと考えていた小津監督は、父高順が作る音楽にシャンソン風のテイストを感じていたのかも知れません。
以前、父は警視庁音楽隊のコンサートを行うためパリを訪問し、ギャルドのロジェ・ブートリー氏をはじめ、現地の音楽家の方々との交流を深めました。その中には、パリ在住のピアニストであり、ドビュッシーの研究者でもある伊藤隆之さんも含まれていました。
伊藤さんは、その後も長らく私の両親と交流を続けてこられましたが、私自身も伊藤さんとお目にかかる機会がありまして、現在も交流は続いております。そしてこの度、伊藤さんのご尽力により、「秋刀魚の味のポルカ」にフランス語の歌詞が付きました。
伊藤さんと親交の厚い、シャンソン歌手兼俳優のフレデリック・ロンボアさんに歌詞を書いていただきました。伊藤さんがロンボアさんに、小津監督が「秋刀魚の味のポルカ」に歌詞を付けたかったというお話をしたところ、大変興味を示されたそうです。
ロンボアさんが特に惹かれたのは、「秋刀魚の味のポルカ」の曲調だったそうです。歌詞を付ける以前に、この音楽はシャンソンそのものではないか、と感じたとのことです。そして、ロンボアさんの歌詞と歌声の入った「秋刀魚の味のポルカ」は、紛れもなく本場のシャンソンを聴いているかのようです。
宝塚とシャンソンがお好きだった小津監督。「秋刀魚の味のポルカ」に歌詞を付けようと考えた小津監督には、すでにシャンソンのメロディが聴こえていたのかも知れません。